specialist性について

そこまで深くは考えたことはないけれど、世の中を渡っていく上では何かについてspecialistであるということはすごい大切な気がする。

例えば職業でいうと次のような感じ。

プロ野球選手
・教授
・弁護士
・医者
・ダイビングインストラクター


どれも、すごいなぁって思える。
このspecialistっていうのは一朝一夕にはなれるものではない。日々の努力と過去の努力の蓄積なんだろうとはおもうのだ。これは当たり前のことではあるのだけれど。

ただ、最近読んだ本に紹介されていたことだけれど趣味や興味のあることを仕事にできるチャンスは昔に比べて高くなっているとのこと。そういった情報を手にいれることが容易になったことやずば抜けたセンスをもっていてその能力を表現することが容易になってきたことが挙げられるらしい。
たしかにその通りだと思われるものもある。

しかし、それはやはり一部でしかないのかというのも、思ってしまうな

やはりなんだかんだいって専門性の高いものほどその分野の専門家に評価される必要がでてくるものだろうとおもう。

いま、大学4年で来年から大学院なわけだけれど、そのために研究をおこなっているわけだけれど正直いって極狭い部分のことを追求してはいるけれど、これって将来役に立つのかな?っておもうことのほうが多い。
今やっていることがつまらないわけではないけれど、すごくやりたいことでもない気がする
もちろん将来的に同じことをずっとやりつづけるわけではないとおもうし・・・

そういうことをかんがえると自分の道を決めて、それをやり続けるspecialistはほんとにすごいな
やり続ける精神力。恐れ入るよ。

俺もがんばろう。なにをしたいのかじつはあまりよくわからないけれどそれでもがんばろうかと。




がんばれこがめ。でかくなれよ